萎縮するマスコミ、覚醒せよ!
田原総一朗さんにインタビューして来ました。
私が聞きたかったのは先日の加藤紘一議員の自宅放火とこれを報じたメディアの報道のあり方、この事件を包む日本の現在の空気。私にはこうしたことは今後の日本人には大きな意味を持っているような気がするんですが、メディアも含め日本人の反応は何か鈍いような気がします。インターネット社会も含め私たちが共有している「言論の自由」がどこかで少しずつ削られているような気がします。
皆さんも考えてください。これは自分たちの問題だと。もちろん戦前のことと現在とを単純に同列に論じられないのは当然です。
が、やはり1921年(大正10年)に東京駅駅頭で原敬首相が暗殺されてから1937年(昭和12年)日中戦争へ入るまでの16年間に、3人の現役総理大臣と元総理大臣合わせて5人もの総理大臣が暗殺されていることを。そして、この後には日中戦争とこれに続く太平洋戦争(大東亜戦争ともいいますがねえ)が存在したという事実を―。
歴史を参考にすれば、政治テロはやはり何か社会の曲がり角の赤信号という気がするのですが、私の杞憂(きゆう)でしょうか??
16年間と言えば、今からさかのぼると1990年から2006年の現在までですね。イラクのクウェート侵攻があったあの年。翌91年には湾岸戦争。あの時から海部、宮沢、細川、羽田、村山、橋本、小渕、森、小泉と9人の首相がいたと思うんですが、このうち5人が政治テロで殺害されたと思ってください。そう思うとまあ、大変ことですね。そういう時代になるのは私は絶対にごめんです。
戦争を知らない世代が多数派になってしまった現在の日本では、いち政治家の自宅が放火されたからと言って別に大騒ぎすることはないだろう、という程度の反応のようですけど、ここは戦争を知る世代に正面からの発言を期待してインタビューしました。
田原さんはこれまでいろいろな脅しにも屈せずビシビシとテレビで発言されていますが、この日も熱かったなあ!!!
以下、9月2日に東京・港区のテレビ朝日で行われたインタビューを一問一答形式でご紹介します。
× × ×
鳥越 「加藤紘一さんの自宅が放火されたのは8月15日。まさに小泉首相の靖国参拝の日でした。そのとき、田原さんはどのような印象、感想を持ちましたか?」
田原 「ちょうど夕方、午後4時か4時半ごろ、加藤さんと電話で話をした。加藤さんがあちこちで頑張っているからその励ましと、『小泉さんはどういうつもりなのか』と話した。電話を切った直後に、テレビ朝日からの連絡で『今、炎上中だ』と。びっくりした」
鳥越 「あの日の朝、(加藤氏は)『スーパーモーニング』(テレビ朝日)にゲスト出演していて、靖国参拝についてはかなり明確に言い切っていた。それで夜、僕も聞いて、まさかと思った。あまりにもストレートすぎる。戦前ならまだしも、この時代に…。多少ありますよ、銃弾送りつけられたりとか、いろいろありますけど」
田原 「僕も脅迫はしょっちゅうありますよ」
鳥越 「私も電話とか来ます」
田原 「ただ、いちばん頭に来たことは、あの報道、新聞もテレビも小さいんですよ。本来なら新聞やテレビなどの全マスコミがキャンペーンをやらないと。でも全くやらない。もう一つは、『朝まで生テレビ』(同)に出てもらっている出演者が、次から次へと断ってきたこと」
鳥越 「それはどういう立場の人ですか?」
田原 「保守リベラル系。加藤さんに近い人。つまり共産党ではなく、保守リベラルが今ここで何かを言うとレッテル張られるということと、身の危険ですよ。これは良くない。何とかしないとどうしようもないと思いました」
=世の中が危険な方向に=
鳥越 「田原さんも長くこの仕事をしてきて、このような世の中全体の雰囲気というのはこれまで感じたことがありますか。それとも初めてですか?」
田原 「初めてです。例えば小泉さんが8月15日に靖国に参拝すると、特に天皇の発言メモを『日本経済新聞』がスクープして、あれから小泉さんの靖国参拝の反対がドーンと増えた。それでも行った。そうしたら賛成が増えた。彼が世論の反対を押し切って参拝したら、世論が小泉さんについていった。賛否が逆転した。これは嫌だなと。世論の逆転現象について新聞もテレビも触れてはいるが、『これはどういうことなのか。実は怖いことだ』と言わない」
鳥越 「正面切って言わないですね」
田原 「安倍(晋三)さんが圧倒的に次期総理となりそうだ。彼が『美しい国へ』(文春新書)という本を書いたと。これを読むと僕らは引っかかることがある。しかし、あの本がベストセラーになっている」
鳥越 「特に最初に『戦う政治家』ということが出ている」
田原 「何と一体戦うのか。北朝鮮や中国かと。もし日本に戦う相手があるのなら違う。今はアメリカが世界を自分勝手に動かしている。そのアメリカにもの申すなら良い。方向が違うだろうと。それがベストセラーだ。読んだ人に感想を聞くと、面白いですよという。そういう中へ世の中が動いている。危険な方向だ。そこで放火事件が起きたのです。下手をすると真似をする者が出てきます。これは良くない」
=萎縮するマスコミ=
鳥越 「(放火事件の当初の報道では)容疑者が右翼であるということと年齢は出たが、名前は出なかった」
田原 「(容疑者の所属団体である)『大日本同胞社』と実名が出なかった。僕はある週刊誌でその右翼団体の名前を書いたら、編集部は『悪いけど削ってくれないか』と言うんです。それでけんかになって。要するに警察が逮捕をしていない、逮捕をしていない人間を書くわけにいかないと。それは警察の論理であって、ジャーナリズムは警察の論理に縛られることはないと強引に書いたら、編集部で大騒ぎになった。結局、押し切って出しましたけどね。テレビもどこも出しませんでした」
鳥越 「実名を出したのは『週刊新潮』(新潮社)だけでした」
田原 「中には『名前を出したら右翼の宣伝になる』という編集者までいた。何を言っているのか…。マスコミ全体が萎縮している。いろいろな問題で萎縮しています」
鳥越 「あの時点では、逮捕はしていないが、明らかにいろいろな状況から彼が犯人だと分かっているわけです。家宅捜索もしていました。しかし、逮捕状を取っていないと右にならえで事実を伝えないことはマスコミの逃げです。僕も田原さんと同じように危機感を感じた」
田原 「最近、マスコミは大事な問題から逃げている。例えば9月6日に秋篠宮に子供が生まれる。問題は皇室典範改正の議論をしないことだ。これはやるべきです。小泉さんはやりました。安倍さんは絶対にしませんよ。しかし、議論はしないといけない。さらに怖いことは、『日経』がスクープした天皇発言のメモだが、今や『日経』自身までしぼんでしまった」
鳥越 「天皇発言ではないのじゃないかと櫻井よしこさんをはじめいろいろな人が書いていますよ。いろいろと検証するのは僕はいいと思うが、検証ではなくて世の中の雰囲気で怯(ひる)んでいるというか、萎縮している空気があるのは嫌ですね」
田原 「安倍さんの『美しい国へ』を読んだら保守とリベラルの違いが書いてある。保守はいいが、リベラルはとても危険な存在だと決めつけている。なぜならば、反保守であり、革命まで支持すると。つまり、(新左翼セクトの)革マルや中核までリベラルは支持すると」
鳥越 「それは違います」
田原 「全くの間違い。そういうところが随所にあるんです。この間も岡崎久彦さんが『朝まで生テレビ』に出演し、『戦争犯罪は犯罪でない。責任は取らなくても良い。戦争に負けただけじゃないか』と話した。こういう暴論がだんだん広がっている。しかも岡崎さんは安倍さんの指南番です」
=マスコミの自主規制=
鳥越 「昨日も安倍さんは『報道ステーション』(同)に出て、戦争犯罪について、小泉さんはA級戦犯を戦争犯罪人といったけれども、安倍さんはあれは国内法によって犯罪者ではないと言い切っていました」
田原 「では、あの戦争で何百万も死んだ日本人、あるいは中国人。その責任をどう取るのか? やはり、赤紙を押しつけられて戦死した人間と赤紙を出した側とは全く違います。国内法がどうこうではなく、何百万も、中国を入れれば何千万も死んだ、殺した、その責任は一体誰が取るのか?」
鳥越 「戦争を始めた人、戦争を指導した人ですね」
田原 「安倍さんの発言でいちばん危険なところは、番組で僕が『日中戦争は侵略戦争だ。太平洋戦争はやや質が違う』と言ったら、安倍さんは『それは後世の歴史学者が決めることだ』と答えた。しかし、今になって関ヶ原の合戦は徳川家康が正しいのか、石田三成が正しいとのかとかいっても意味がない」
鳥越 「そういう戦争の評価もそうですけど…」
田原 「また、この人に自民党が雪崩現象で圧倒的に支持している。もう一つ怖いのは谷垣(禎一)さんや麻生(太郎)さんは非常に支持率が低く、安倍さんに対する支持率は圧倒的に高い。こういうときにあの放火事件が起きた」
鳥越 「だから余計嫌な感じがする」
田原 「一番の問題は日本には言論の自由があるのに、マスコミはみな自己規制することです。全部自己規制。昨日の大阪版読売新聞には大阪の同和行政に関する不正という同和問題が書かれている。大問題ですよ。しかし、東京の新聞はどこも書いていない。岐阜のことは書いても、同和の問題が絡むと書かない」
鳥越 「過去にも何回かそういうことはありましたが、何かマスコミ全体に、嫌な雰囲気が広がってきた」
田原 「あちこちで感じますよ」
=「言論の不自由」とは何か=
鳥越 「僕は66才で、田原さん70才超えているでしょう」
田原 「僕なんか余生だと思っている」
鳥越 「そういう人間しか言わない。若い人たちはそのことの意味さえ分からない。言論の自由といっても、そのことの意味を分かっていないんじゃないか」
田原 「言論の不自由とは何かが分かっていない」
鳥越 「原敬が東京に来て殺された1921年から日中戦争に入る1937年までに現役の首相が3人、そして高橋是清、斉藤実を入れると元首相、現役の首相5人が暗殺されているんです。そして日中戦争、太平洋戦争と、最終的に戦争を始めました」
田原 「テロが変えたんです。つまりテロが横行して、リーダーが総理大臣はじめ怖がったんです。しかし、暗殺だけでものが言えなくなったのではありません。言論統制が具体的に行われるのは日中戦争が始まってからです。言えるのに言わない、今と似ている。それから満州事変だってみな『万歳』です。なぜ言わないのか?」
鳥越 「(新聞の)部数が売れたのです」
田原 「反戦やっていると部数が落ちる。今まさにそうでしょ。右翼の雑誌が部数が伸びるわけですよ。鳥越さんのようなことをいっていると…」
鳥越 「視聴率が上がらない。そこが怖いです。教訓としてくみ取らないといけないですね」
田原 「こういう傾向が強まれば強まるほど、そういうこと(反戦)をやっていると視聴率が上がらないぞと、新聞は部数が伸びないぞと、いうことになってくる。それが怖い」
=死にものぐるいで発言を=
鳥越 「10年、20年後に加藤さんの自宅が放火されたのはひとつの曲がり角だったみたいなことになるのは嫌ですね」
田原 「可能性はある。僕は小学校の5年のときに敗戦ですからね、戦争知っている世代。僕は使命感がある。何が起きてもやられても言い続けないと」
鳥越 「僕も戦争を知っている最後の世代です。5歳のときですから。空襲があり、防空壕に入っていましたから。僕もどんなことがあろうとも言わなきゃいかん」
田原 「あの戦争が間違っているかどうかを後世の歴史学者に任せようとは、とんでもない話だ」
鳥越 「沖縄では洞窟の中で住民、女性や子供が同じ日本軍に銃殺されました。なぜか。それは東条英機が作った戦陣訓のためだ。生きて虜囚の辱めを受けるなという戦陣訓があったため、鬼畜米英に捕まったら何があるか分からないということで殺された。そういうことが実際に起きているわけです」
田原 「古賀誠という政治家がいます。彼の父親はレイテで戦死した。(古賀さんは)レイテの、父親が死んだ場所に数年前行きました。密林の中の洞窟ですね。(死因は)飢え死にです。つまり軍人が死んだのは餓死なんです。生きて虜囚の辱めを受けるなと言うから、飢え死にしてしまう。むちゃくちゃだ、これは」
鳥越 「レイテ島だけではなくガダルカナル島も同じ。ガ島と言われた。ガは餓死のガだと言われたくらいです。インパール作戦もひどいものです。小泉さんとか安倍さんが靖国を語るとき、国のために戦って亡くなった人の魂云々と言うが、僕は聞くたびに違和感がある。なぜなら、(戦死者の多くは)お国のために戦ったのではなく、無理矢理連れて行かれて、本当は生きていたかったのに、本当に無謀な戦争のために死んだ犠牲者だと感じる」
田原 「ガダルカナルには日本の駆逐艦が救助に行くんです。そして、縄梯子であがれというと、途中でどんどん落ちて死んでいく。実際にその駆逐艦で作業をした人から聞いた」
鳥越 「体力がないわけですね。そういう経験をした人は亡くなっていくし、そういうことを語らなくてはいけないという人も数が少なくなっている」
田原 「だから鳥越さんや筑紫さんや僕を含めて、生きて体験している人間が死にものぐるいで言わなくてはいけない」
鳥越 「加藤紘一さんもそういう思いがあるので、放火の後も発言を続けますと言いました」
田原 「しかし、下手するとメディアが彼を出さなくなる。こうなったら怖いです」
鳥越 「出さなくなる…うーん、なるほど。出すとやばいということになる。安倍政権の下の世の中を田原さんは危惧されていますか?」
田原 「今の政治は世論です。小泉さんがあそこまで強気になったのは支持率が50%近いからだ。むしろ鳥越さんや僕たちががんがん言わないといけない。特に来年の7月は参議院選挙がありますから」
=敗戦経験を知らぬ世代へ=
鳥越 「何となく日本国民がある空気に支配され、一方にワーといく感じだ」
田原 「昨日安倍さんが各局の番組出たでしょ。誰かけんかした?」
鳥越 「佐山展生さんだけでした」
田原 「何と言った?」
鳥越 「自衛隊は海外で(銃を)撃ったらダメだ、撃ったら恨みの連鎖に巻き込まれる、人を殺すなと。安倍さんは、イギリス軍やオランダ軍が助けてくれるのに、襲われたときにやらなければならないと話した。それでも撃ってはダメだと佐山さんが言った。問題は集団的自衛権です。安倍さんは政権構想の中で集団的自衛権を解釈で認めると」
田原 「日本は敗戦というとても貴重な体験をしたんです。日本は敗戦という体験を活かさなくてはいけない。安倍さんをはじめ戦争を知らない世代は、敗戦という体験を分かっていない。岸信介はおじいさんだ。岸さんは総理大臣になって、彼はタカ派だけど、アメリカに行く前にアジアから見たんです。アジアを大事にしようとした。しかし、安倍さんの応援団は中国はほっとけといっている。これはとても危険ですよ」
鳥越 「安倍さんは小泉さんと違って多少は中国のことを考慮しているんじゃないですか?」
田原 「安倍さんと小泉さんの違いは、小泉さんほど頑固じゃない。小泉さんが5年間もったのは、ひとつは頑固。人の言うことを一切聞かない。ふたつめは言い出したら曲げない。安倍さんは普通の人。僕が怖いのは応援団の言うことを聞き過ぎだという点です」