正直・誠実こそがマーケティングの極意だ

 最近、あちこちで「やらせブログ」が流行っている。

 「やらせブログ」とは、ネット上の「口コミ」による販売促進を行おう、という新手の広告手法である。企業や団体が商品などのPRをするために、その企業とは関係がないと思われている人間のブログに、PRを行う意図の下、その企業の製品などを無料で使用させるなどの便宜を与えて、ブログでその商品を持ち上げてもらう。米国でもかなり一般化しており、「Fake(やらせ、でっちあげ)」のブログということで「Flog(フログ)」という造語ができている。

 つい先日は、米国の小売り大手「ウォルマート」がこれをやって、多くの批判にさらされることになった。ウォルマートのPR会社EdelmanがFlogを立ち上げてキャンペーンを行っていたことが発覚したのだ。

 このWal-MartingAcrossAmericaというブログでは、ごく普通のカップルが多目的レジャー(RV)車に乗ってラスベガスからジョージアまで旅をする、その記録が書かれている。カップルは度々、その土地のウォルマートに寄る、という趣向だ。

 RV車のような大型車の駐車料金を無料にすることが、ウォルマートのマーケティング戦略の1つであることは言うまでもない。RV車は積載量が多く、週末にマーケットで買いだめをする多くの米国人にとっては格好のクルマである。「RV車で無料駐車させてくれるウォルマートの駐車場に宿泊しながら旅を続け、行く先々で出会うウォルマート店員の親切な応対をブログで発信していく」というのが、このブログだった。

 しかし、ウォルマートの監視を続けているWal-MartWatchなどのブログやニュースサイトが先月8日、このカップルがEdelmanから雇われたカップルで、男性のほうはワシントンポスト紙のカメラマンだと曝露した。そこでネット上の議論が沸騰した。このキャンペーンは、PR会社の意図しないウォルマートのネガティブ面を強調してしまうという、逆効果を生んだのだ。

 この「やらせブログ」によるマーケティングは、日本でも多く「炎上」している。

 日本では、2005年11月に発売されたソニーの携帯音楽プレイヤー「ウォークマンAシリーズ」のマーケティングにこの手法が使われた。それは「ウォークマン体験日記 ★カワイイ★のがいいの!」というブログである。

 ウォークマンのモニターとして、筆者のpinkyさんがウォークマンの体験記をつづる、というものだったが、公開後すぐに「早速音楽をダウンロードする予定が、自分のパソコンがMacだったことに気づき、撃沈。。。Windowsのパソコンを買って、やっとダウンロードしてみました」という書き込みの不自然さにコメントが集中した。ウォークマンAVをiPodに買い直す金額と、MacをPCに買い直す金額を天秤にかければ、ウォークマンAVのためにPCを買い直すのは不自然だからだ。これがきっかけとなって同ブログは閉鎖された。

 ソニーに問い合わせれば、そのブログは確かにソニーのコントロールの下で書かれたもの、というコメントが返ってくるというが、ホームページなどではソニーが関与したことはどこにも書かれていない。これもまた、ソニーにとってはネガティブなキャンペーンが展開する材料となってしまった。

 また、ごく最近では、「ブログによるマーケティング」を行っている女子大生向けファッション雑誌『TiaraGirl』を取材したNHKが、女子大生が運営するブログ『TiaraGirl blog』は、実は商品広告のためのものであったことを番組中で曝露してしまった。

 放送後、そのブログには、「今回の番組を見てとても驚いたし、正直失望しました」「なにがクチコミだよ。ヤラセじゃねーかよ!!!」「この放送見たけど新手のネズミ講みたいじゃなかった?」などのネガティブな書き込みがあふれた。それを主催側が削除しまくったことも、問題を大きくした。

 NHKとしては「トレンド」をニュースにしたということなのだろうが、「やらせブログの曝露」という結果となった。そのブログはネガティブな書き込みであふれたため一時閉鎖、11月15日にリニューアルして再開の予定だという。

 これらの「やらせブログ」は、マーケティング手法として従来からあった「口コミ」という方法の延長だ。インターネットとブログ、SNSなどの時代になり、非常に少ない投資で大きな広告効果を得られる手法であるということが分かってきたのだ。それが意図的なマーケティング手法として確立した。しかし、「口コミ」でなければ意味がないため、どうしても「広告主」を隠す必要が生じる。そのことが、今度は「やらせ」として大きく取り上げられるようになった。

 折しも日本では、教育基本法改正に対する意見を国が一般から聞くための「タウンミーティング」に、主催者の「やらせ」が仕組まれていたことが曝露され、問題となっている。これもまた、同根の問題だろう。

 ネットの情報は玉石混交であることは周知の事実だ。しかも、その中で注目され、人がより多く集まる言説のほとんどはネガティブなものである。この感覚を、「ネットは従来のマスコミの延長」程度にしか考えていない古い感覚のマスコミ人はあまり持っていない。

 しかし、ブログなどで「隠していること」がばれて、一度炎上を始めると、その炎を消すのは容易なことではない。さらに、ネットは放送や新聞、週刊誌とは違い、いまや「情報を蓄積したアーカイブ」である。検索エンジンで過去の事象は一般人にも容易に取ることができる。つまり、なにかが始まったとき、「ああ、前にこれをやっていたこの人ね」という情報が容易に手に入る。ソニーなどの有名企業は、有名であるがゆえにターゲットにされやすい。そして過去に起きた問題をいつまでも引きずることになる。

 こういうネット時代にあっては、有名人や団体、企業にとって、裏表のない組織運営や事業、正直なマーケティングこそが、伸びる要点であると言っていいだろう。つまり、消費者には「だまされた!」という感覚を毛の筋ひとつほども与えてはいけないのだ。そのわずかな隙が、アッという間に大きく拡がり、企業や人の存在を危うくする。

 そして、なにかの手違いで「炎上」が起きたときは「ちゃんと謝罪をしたか」や「理由もなくコメントを削除しなかったか」ということが、その人や企業への信頼性を決定する。「炎上」したら、その後の「態度」がどうであったかが問題とされる。いや、もともと人間は間違える生き物だ。だから、間違えたら素直に謝る、というところから出発しないと、どこまでも不透明で不誠実な企業として永遠に「前科」をネット上に残すことになる。

 最後に、マーケティングとはちょっと外れるが「炎上」への対応として良い例も掲げておこう。

 共同通信社の編集委員室が署名入りで書いている署名で書く記者の「ニュース日記」である。2004年の6月、同社の小池新記者が当時のライブドア堀江貴文氏の社長日記を取り上げ、「堀江氏は鼻持ちならない」と書いた。まだ堀江逮捕の気配などない時期だ。それも、まさにそのライブドア社のバナーがはってあるライブドアブログ上で、である。小池氏は堀江氏を名指しし「こんなのにだまくらかされていてはいけない!」と書いた。これが出たとたん、アクセスは連日10万件を超えたという。

 それから2年たたないうちに堀江氏は逮捕された。そこで初めて、小池記者の意見が正しかったと認識されたのだ(もちろん、現在でも堀江氏逮捕はおかしい、という意見はあるが)。

 当時、小池記者は針のむしろに座らされた心地だったと想像する。しかしそれに耐え、どんな揶揄(やゆ)であろうが理不尽な内容であろうが、そのときのコメントやトラックバックの記録を削除せず、克明に残してくれたことによって、今思えば滑稽な当時の「ライブドア熱」をいまもリアルに見ることができる。もちろん、これらの記事や議論を自社のブログで隠すことなく持ち、公開しているライブドア社も、評価されて然るべきだと思う。

 「無謬(びゅう)」(誤りのないこと)というものがこの世に存在しない以上、「自分は無謬だ」と言う人はそのまま「不誠実」「信頼できない」ということになる。誰から何を言われても、信念を持ち、態度をきちんと貫き、ウソをつかないこと、隠し事をしないこと、謝るべきところではちゃんと謝ることが評価される。「腹芸」を駆使しカネをばらまき「清濁併せ呑(の)む」といった得体の知れない人は信頼されない。今はそういう世の中なのだ。