市民記者とディスカッション
声高に愛国心教育が叫ばれるなかで、「愛」と「国」のそもそも論に挑む『愛国の作法』(朝日新書)を刊行した政治学者・姜尚中氏が24日、オーマイニュースを訪れ、編集部と20代の市民記者4人の取材に応じた。執筆の動機には「品格とか美しいとか、あまりにも中身のない言葉が氾濫(はんらん)していることへの違和感があった」と背景を語った(一問一答の詳細は後日掲載します)。
■きっかけは「愛国心」■
――『愛国の作法』は今月、朝日新聞社が創刊した「朝日新書」の刊行第1号となっている。もともとは編集者側が憲法改正についての執筆をもちかけてきたが、姜氏から「国の愛し方か、愛国の作法というのはどうですか」と逆提案、「『国家の品格』(藤原正彦著・新潮新書)も売れているし、いいじゃないか」と話が決まった。
「愛国心について書いてみたいと思った理由は、大きく4つあります。まず、このままでは『愛国』という言葉が特定の、はっきり言えば右側の人々の専売特許になってしまうという恐れがあったこと。『愛国』という言葉の内実を問いただし、特定のイデオロギー論を論じる人々を達観しないと、『平和』や『人権』という言葉が力を持たなくなると考えました」
「2つ目は、問題山積のイラク戦争をどう見るかということ。大量破壊兵器国連査察団の人を東京大学の授業に呼んで講演してもらったときに、『自分はパトリオット(愛国者)だ。愛国だから反戦なのだ』と発言されていたのが非常に印象に残っていたのです。3点目が、こうした問題を『在日』である自分が書くことの意義ですね」
「最後に、今、必要とされている『愛国』という言葉も、いつか役割を終えるということがありました。そのときに、北朝鮮問題を含めた東北アジアの姿が見えてくるのではないか、『愛国』という言葉の彼方(かなた)に、ある種の地域主義の姿が示されるのではないかと思ったのです」
――同書では、愛国論の前に「愛するということ」や「国というもの」について正面から論じている。また、カバー折にある「『改革』で政府によって打ち捨てられた『負け組』の人々ほど、『愛国』に癒やしを求めるのはなぜか」という1文では、愛郷心と愛国心を混同し、反中・反韓の排他主義に傾く現代社会の病理も指摘している。
「『愛国心』というわりに、愛するということが論じられていないから、きちっと書いておこうと思いました。『品格』とか『美しい国』とか、あまりにも中身のない言葉が氾濫していますが、僕は“そもそも論”をやりたかった。そうした中身のない言葉を比較的無理なく受け止めている人たちの内側にあるものは何なのかと思ったのです」
――国の愛し方について丹念に掘り下げた同書だが、愛国心を教科書的に定義しているわけではない。「これは『私の国の愛し方』について書いた本。この『私の』という点にこだわった」と姜氏は語る。実際、五輪招致をめぐって石原慎太郎・東京都知事から「怪しげな外国人」呼ばわりされた経験は、しっかりと本書のあとがきに引用している。
また、本書にたびたび登場する安倍総理の論文『美しい国』については、あえて著者名を割愛し、「美しい国の著者」と遠回しに表現することで批判も込めたという。
■核拡散抑止に日本が果たすべき役割■
――大学で国際政治などを専攻していたという市民記者から、姜氏が学生のころの政治思想へのスタンスや歴史認識についての質問があった。また、同書にある「戦争の総括が成されていない」という下りについての質問に対しては北朝鮮の核問題に言及した。
「実際に戦争の歴史を総括するのは非常に難しい。しかし、靖国問題がなぜここまでこじれたのかは、結局は東京裁判の総括が戦後、成されていないという問題に帰着します。戦後復興をスムーズに実施するために、進駐軍と一種のコラボレーションがはかられ、結局、深く議論されることはなかった。満州の植民地化、沖縄問題、アジア諸国が受けた被害、天皇訴追、原爆も同様の問題です」
「現在、被爆国として核が持つ害悪を米国に知らせる義務が日本にはあるのに、日本はその義務を果たしていません。日本は米国による核の傘の下にあり、その一方で広島・長崎の過去がある。その立場から、核兵器の危険について世界へ知らせる義務があるのです」
■オーマイニュースの進む道■
撮影者:OhmyNews
――最後に、韓国発のオーマイニュースが日本で発展する可能性について話題になった。韓国と日本のメディアの違いとして、韓国では新聞への信頼性が低く、それがインターネットを発展させる背景になったと言われている。だが、日本ではそれが逆の状況にあるとして、「韓国のオーマイニュースと同じことをしていてはダメだろう」と姜氏は指摘した。
「ただ、日本では新聞への信頼性はあっても現実に読まれていないという状況があり、日本のオーマイニュースは踏み込んでいけるのではないか。市民記者ともオンラインだけでなく、こういった顔を合わせるオフラインのつながりを充実させていくことが大切だと思う」
<姜尚中(カン・サンジュン)氏>
政治学者、東京大学大学院情報学環教授。1950年、熊本県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。著書に『ナショナリズム』『在日』など。