「サンヨーメガ」の行政処分から学ぶ「ネットワークビジネス」の基礎知識
A氏: そんなわけで、旧友からネットワークビジネスというものへの誘いを受けてね。仲間を増やせば売り上げも利益も上がってみんなが潤うと説明されたんだけど、ネット上の風評はひどいものだし、何より友情との板ばさみというのがどうにもね。
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皆さんはこのような話を友人から持ちかけられたら、ネットワークビジネス、つまり「連鎖販売取引」についてどれほど正しく説明することができますか? 以下は、「ネットワークビジネス」の勧誘を受けたA氏と、その相談相手、B氏とのやり取りを想定したものです。では、あなたはB氏と同じレベルの「連鎖販売取引」の「基礎知識」をお持ちでしょうか。
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商品を隠れ蓑にして、実際は「お金を回している」マルチ商法
B氏: おいおい、「ネットワークビジネス」で仲間を増やして皆で潤いましょうなんて、それはただの「連鎖販売取引」であって、君はただ、お金を貢ぐカモとみなされただけなんだよ。
A氏: お金を貢ぐカモ? 友人なんだからまさかそれはないと思う。だいいち、ネットワークビジネスが「連鎖販売取引」ってどういうことだい? 彼は、これはいわゆる「ネズミ講」といった類とは全然違うと請け負っていたんだが。
B氏: そこが最初の詭弁なんだけれどね。ネズミ講は「無限連鎖講」と呼ばれるもので、「お金を回して配当を得る」ため、「講」と呼ばれている。一方で最近しきりに「ネットワークビジネス」とか「MLM(マルチ・レベル・マーケティング)」と呼ばれている「連鎖販売取引」というのは、「販売取引」、つまり本当は商品の「販売」を主目的としなければならないはずなのに、商品を隠れ蓑にして実際は「お金を回している」マルチ商法であることが多いんだ。つまり表向きは確かにネズミ講ではないものの、結局のところ「金銭配当を目的」とした商売だってことさ。
A氏: 金銭配当を目的とした商売? 一体何なんだいそれは?
B氏: やれやれ。じゃあ最近起きた、「サンヨーメガ」の行政処分を例にして少し説明しようか。
「同じように身銭を切ってくれるカモを探す」システム
B氏: ITmediaによれば、「音楽の癒やし効果で病気が治る」と携帯型音楽プレーヤーをマルチ販売していたこの会社は、特定商取引法違反で経済産業省から一部業務停止命令を受けたんだけれど、「血液がサラサラになる」「脳梗塞(こうそく)が治る」と万病に効くかのような触れ込みで11万人の会員を獲得、年商は70億円で、全国の消費生活センターには1800件を超す相談が寄せられていた、とある。
A氏: 携帯型音楽プレーヤーって、最近若い人たちが聞いているあれの事? あれで血液サラサラって、そんなのは間違いなく詐欺じゃないか!
B氏: まあまあ。でもね、反応すべきなのは実はそこじゃない。この記事によると、幹部作成の「ミクシィ戦略マニュアル」の存在も明らかにされ、会員数1000万人超を誇るソーシャルネットワークであるミクシィ上の日記に「家にいながら、月100万円はもうけている」という日記を書いて、「自動足跡付けソフト」と呼ぶソフトを使ってその日記を見に来るよう1日に何千もの足跡をつけ、足跡を見て来た人に「いい話がある」と誘いかけるという手法が明らかになった、ともある。
A氏: ミクシィで勧誘か。インターネットはやっぱり怖いところだね。
B氏: いや反応してほしいのはそこでもなくて、家にいながら月に100万円は儲けている、という部分だよ。普通の人の月収や通常の小売店の純利と比べてみればすぐ分かるけれど、こんな法外な儲けは「特定負担」による「特定利益」による以外はあり得ない。〔参考:ウィキペディア 連鎖販売取引〕
A氏: 「特定負担」による「特定利益」ってのは何だい?
B氏: 簡単に言えば、君が誘いを受けた「ネットワークビジネス」とやらを始めるためには、やれ登録料だのやれスターター・キットの代金だのと、実際に販売する商品以外の「負担」を支払うことになる。これが「特定負担」で、見かけ上は、売ることになる商品を法外な高値で売りつけられたりする。君が払うこの「特定負担」は回り回って、君よりも先にこのビジネスを始めた上位会員に「利益」として分配される。これが「特定利益」。
つまり、そのビジネスに加わるための君の支払によって真っ先に益を受けるのは、君という会員を獲得した、君の友人その人、というわけさ。
A氏: なんだって? それじゃあ仲間を増やせば増やすほど売り上げが上がるっていうのはもしかすると……
B氏: やっと要点を分かってくれたようだね。多くの場合、「ネットワークビジネス」において実際に回っているのは商品ではなく、会員を獲得した際に生じる「特定負担」つまり紛れもない金銭だ、という話なんだ。
事実、今回のサンヨーメガの行政処分について、経済産業省がまとめた「特定商取引法違反の連鎖販売業者に対する取引の一部停止命令について」と題する文書の4~5ページにある「取引停止命令等原因となる事実」の中でも、「特定負担を伴う取引」であることをきちんと告げていなかった、という事実が指摘されている。〔参考:経産省のニュースリリース(PDF)〕
そこには確かに、行政処分を受けざるを得ないような「特定負担」に関する故意の説明回避が関係していた。そして商品を売れば儲かると思い込まされたそれらの人たちは、自分より上位の会員の儲けのためにまず自分自身の身銭を切らされた上で、今度は同じように身銭を切ってくれるカモを探すことになった。そう、ちょうど君の友人のようにね。
A氏: まさかあの友人がそんなことをしようとしていたなんて……
B氏: この種のビジネスの醜悪さは、こうして人と人との普通の繋がりをお金による繋がりに置き換えてしてしまうことによって、人間関係そのものを損なってしまうところにある。加えて、実際に月100万円もの儲けを出すような「成功者」と呼ばれることもある一部会員だけが潤う一方、会員の大多数はいつまでたってもカモのままで、自分と同じカモを探し回った挙句に人間関係を損なうだけで終わってしまう。
A氏: なるほど。やっとこの、最近の「ネットワークビジネス」いや「連鎖販売取引」とやらの怖さが分かってきたよ。
誰でも簡単に稼げる「在宅ワーク」?
B氏: 実を言えば、「連鎖販売取引」の有名な実例は、今から30年も前に問題になったESプログラムという人工ダイヤモンドを商材としたマルチ商法で、司法はその業態を「実態として」無限連鎖講、つまり結局はネズミ講である、と判断したんだ(東京高裁 昭和57う1060 無限連鎖講の防止に関する法律違反被告事件)。
そして約2年前には、アースウォーカーというカタログショッピング(のスターターキット)を商材にした企業が、同じく「無限連鎖講」として刑事告訴を受け営業停止処分となった。
最近になってこの「連鎖販売取引」、通称「マルチ商法」は、米国由来の「MLM(マルチ・レベル・マーケティング)」や、造語でありIT関連業と錯誤させるような「ネットワークビジネス」という名称で、商品を販売するのだから決して「ネズミ講」ではない、などとまことしやかに宣伝されているけれど、行き過ぎた勧誘トークなどによるトラブルのために、連鎖販売取引に関わる特商法は毎年改正され、しかも改正の度に規制が強化されている、というのが実情なんだ。〔参考:経産省サイト 特定商取引法の解説ページ〕
今回のサンヨーメガの件も、インターネット上のマルチ商法の関連掲示板によれば、「自らの商売を「IDDビジネス」などと称して、連鎖販売取引(マルチ商法)であるということを隠し、主婦層をターゲットに誰でも簡単に稼げる「在宅ワーク」と誤認させていた」という事実が指摘されているし、「同社の会員グループの中には、一時期「主婦のしあわせプロジェクト」と名乗り、インターネット掲示板などでブラインド勧誘を展開」していたことが暴露されているよ。
A氏: どれどれ。(インターネットの該当サイトを見て)へーうまいね。「 ほとんどの方が参加して半年目には6桁収入を確実にしている事実」? 「稼ぐ主婦軍団」? それで「少額ですが、家計に負担がかからない程度の初期投資が必要」で、「それを上回る収入」があるので、「ローリスク・ローリターンをお望みの方はご遠慮願います」って。普通の主婦をこんな仕方で誘導しようとする人間の神経が知れないね。正直、ちょっと腹が立ってきた。
B氏: 君が熱血漢だってことはよく分かったよ。でも、そういう人ほど誘導されやすい。注目すべきなのは、「在宅ワーク」のお誘いのはずなのに、サイト上では何をいくらでどのように売るのかということが何一つ明らかにされていない、ということだ。こんな「在宅ワーク」を装った「ブラインド勧誘」が、今のインターネットには多過ぎる。いや、「だからインターネットは怖い」なんてまた言い出さないでほしいけれど。
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さて、「連鎖販売取引」の「基礎知識」を、あなたはどれほどご存知でしたか? 残念ながら、この話はこれで終わりではありません。「連鎖販売取引」は現在、「MLM」また「ネットワークビジネス」としてあたかも別物であるかのように宣伝され続け、もう一つの「副業」という名目でその実態の詳細な説明がないままに紹介され続けています。
結果として、いまだに遅々として回復しない景気やワーキング・プアまた格差社会といった用語の背景となっている状況の中、「連鎖販売取引」は一攫千金や不労所得を夢見る人々を魅了し続けているかのように見えます。
それで次回記事、「「連鎖販売取引」の裏事情(中)」では、現在行なわれている「連鎖販売取引」の実態とその危険についてさらに迫り、昨今の「MLM」また「ネットワークビジネス」の徹底的な検証を行ないます。
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A氏: うーん、やっぱり我慢ならん! あの友人の性根を叩き直しにちょっと行ってくる!
B氏: まあ待て。君の友達は恐らく純粋な人なんだとは思うよ。そしてここにもカラクリがある。彼らのほとんどは「ネットワークビジネス」のセミナーを受けて自分なりにいっぱしのセールスマンになれたと思っていたりするけれど、実は肝心要の特商法つまり特定商取引法のことを知らされていない場合がほとんどなんだ。この点では、お金を貢ぐカモと言うよりは、すぐにフライングしてしまうできそこないの宣伝ロボット、という感じかな。
A氏: じゃあ、その特商法とやらをもう少し説明してくれ! 友人もそうだが、俺がそのどうしようもないやつらすべてを説得してやる!
B氏: だめだなこりゃ……。ここにも貢ぎカモ、また宣伝ロボット候補生が一人、いやなんでもないなんでもない。
しょうがないな。ここまでの情報は単なる「基礎知識」に過ぎないんだ。じゃ今度は一緒に少しずつその「裏事情」に迫るから、「説得」はそれからでも遅くないと思うよ。 (続く)
【記者追記】 初出後、次のようなご指摘を読者の方からいただきました。「登録料やスターターキットだけでなく、実際に販売する商品の購入金(仕入れ)も「特定負担金」になります。また、特定負担金の額は連鎖販売取引の要件ではありません。0円でも他の要件が該当すれば連鎖販売取引となります。これは、連鎖販売取引の形態(順次取引型or取引集中型)によって商形態が違うためです」。ご指摘に感謝し、上記情報を追加します。(大串) (2008/1/6 10:25)
【記者追記2】 上記追記の中の「0円」というのは「1円」の間違いではないのか、というご指摘が別の読者からあり、最初に指摘された方に確認したところ、書き損じだったことが判明いたしました。記者(=大串)自身が本文中にリンクしました経産省サイト、特定商取引法の解説ページの「1.特定商取引法の規制対象となる「連鎖販売取引」(法第33条) 」において明確に指摘されている点であり、記者自身の理解不足に起因する誤りでした。改めて追記し、お詫びします。くわしくは下記・経産省サイトをご参照ください。