「徴兵制」ってどうする? 東国原知事の発言はさておき…
十年ほど前の話だが、恋人とのこういうやり取りが韓国の男にとって当たり前な時代があった。
- 「あのさ、オレ軍隊に行くことになったけど…」
- 「えっ!本当?(もう泣き声になる)どうすれば、いいの?」
- 「待ってくれる?」
- 「うん、待つ。あたし、2年2カ月待てるから」
そして、軍隊にいく最後の日は大体ラブホテルに行く。そして翌日、訓練(入営)所の前でもって涙の惜別をする。
が、このカップルの90%以上は、1年以内に別れるという残忍な統計があった。実は、オレもそうだ。まあ、妻も知っているから堂々と言えるけど。
学校の先輩
自慢話になってしまうのだが、オレは「映画」の専攻としては、韓国で一番優秀なところに通っていた。韓国映画業界の製作現場の20%ほどはうちの出身である。
想像力が旺盛で、なんでも書けたその頃、入営通知書が飛んできた。除隊して復学した先輩に申し上げた。
「先輩、オレ軍隊行きますけど、軍隊でもシナリオとか書けますか?」
「はぁっ?!」
「いや、だから休日とか、日曜日とか……」
「……今日は飲もう。まあ、…飲もう」
先輩は、オレの肩をやさしく組み、朝まで付き合ってくれた。まあ、割り勘だったけど。
軍隊で学んだもの
もうすぐ32歳になるオレは、来年で除隊してから9年目となる。軍隊の話を少し覗きたい人が居れば、この前書いた記事「あの『銃』の怖さ」を参考にすればいいと思う。
軍隊で学んだものは、端的に言えば、「殺しのテクニック」だ。サッカーのセルジオ越後さんが「年を取ると、体力は低下するかも知れないが、テクニックは劣らない」といったように、オレも10年経った今でも銃さえあれば、200メートル以内の人間と同じ大きさのものは、すべて命中させる自信がある。
そして、体力だ。2年2カ月間休暇期間を除いて、毎日3Kmを走って、1カ月に5回ほどは合計25Kgを超えるものを体に背負ってまた走る。丈夫な体にならないわけがない。
これだけは今でも感謝している。
しかし、あいつだけはいやだ
ある日、妻が驚いた様子でオレを起こした。
「あんた、大丈夫?」
「何?なんかあった?」
そう言いながら、自分の手を見たら、汗がたっぷりだった。そうか。また、あいつか。ほとんどの日本人は知らないだろうが、軍隊では、いくら頑張ってもいじめてくるやつがいる。
大体一階級上のやつで、オレも「マジで殺りたい」と思ったやつがいた。こいつが、今でも約1カ月に1回の頻度で夢に出てくる。多分一生続くだろう。
そういえば、最近フリーター兼フリーライターとして名が売れている赤木智弘氏も「軍隊は肉体的に辛いかも知れないが、精神的には安定するかも」のような話をしているみたいだが、これは、実体験のオレからすれば大間違い、いや、むしろ逆だ。軍隊は体力的に我慢できる。もちろん精神的にも我慢は出来るかも知れない。しかし、一生「悪夢」をみるかも知れない。
どんな楽な部隊であっても軍隊は、心的につらいところだ。
東国原知事の言い訳
11月28日に「徴兵制があってしかるべき」発言をした東国原知事が翌日、「社会のモラルハザード、規範意識の欠落、希薄化はどういうところで補うのか。学校教育が補えない中で、心身を鍛錬する場が必要ではないかと言いたかった」(サンケイスポーツ、11月30日付)と弁明したようだ。
「学校教育が補えない」のが原因だったら、『補える』ようにすればいいだけの話である。「心身を鍛錬する場が必要」であれば、『空手道場』で通わせれば、OKだと思われるが……。
そもそも東国原知事は、軍隊や徴兵制をまったく経験していない。経験していない人が何かを堂々と言える時は、完璧な論理があり、ものすごい説得力があるときだけだ。
しかし、コレは東国原知事だけの問題ではない。日本に来て7年目になるオレだが、軍隊に関する話をしている人の中で実際に今の軍隊で服務したことのある人間なんてほとんど聞いた覚えがない。
「日本にはないから無理じゃねえ?」と言われそうだが、傭兵制を採択している国って山ほどあるからな。
なのに、皆よくもしゃべるんだなあ……と、つい思ってしまう。経験してからしゃべるということは、基本中の基本のことではないか。
ただ、損益計算の余地はある
いずれにせよ、軍隊で学ぶすべては「人殺しの技」である。心も体もそうなる。およそ2~3年間そうさせられると、必ずそうなる。従って、人殺しの技を皆が持つことに賛成するのであれば、徴兵制があってもいいのではないかと思う。
「オマエ、狂った?」と叱られそうだが、理由はある。
人殺しの技を習うためには、まず、厳格な指導を受ける。厳格な訓練の中には、人殺しの怖さを知らせる内容が相当含まれている。分かりやすくいうと、最近「日本の若い人はキレやすい」と、よく言われているが、軍隊を経験したら多分この現象は絶対なくなると断言できる。みんな殺しの技を持つようになるから、お互いすぐキレる人間にならないのだ。
また、既存の社会に順応できる人間を育成する手段として軍隊は最適だ。順応できない『絶対弱者』は軍隊でクリアされる可能性が高い。
教育しても教育しても出来ないやつは、いずれ軍隊で死ぬようになる。逆に無事に除隊したやつは、少々問題があると見られても、「軍隊で生き残ってきたから」と思われ、既存社会の中で再生される可能性があるとみなされる。
これだけで怖い話だと思ってしまう人がいるかも知れない。オレもこういうことはおかしいと思っているから、徴兵制そのものは反対の立場にある。
しかし、日本人にとっては損益計算をしてみる価値はあるかも知れない。
今回の東国原知事に関する報道を見ても大事件のように取り上げられていることをみて、日本では徴兵制を口にすることがタブーになっているような気がした。なんでそうなったのか、まだオレには分からないところがあるかも知れないから、これ以上言わない。
が、徴兵制反対派のオレでも、今の日本の若者たちに軍隊を少し体験させたいという気持ちはある。まあ、不思議なことだが……。
そして、先輩と彼女は…
別れた彼女と、朝まで付き合ってくれた先輩は、オレが軍隊にいた間、付き合うことになって大学を卒業してすぐ結婚した。今も幸せに暮らしている。軍隊服務中、「2人が付き合っている」と聞いたときには、すぐでも脱営して2人を殺したかった。
しかし、我慢して軍隊を終えてみれば、どうでもいいことになっていた。まあ、軍隊って所詮こんなものなのかも知れない。