世界に誇れる1000円札なのか?
野口英世:1876年~1928年 細菌学者。スピロヘータ・パリダの純粋培養に成功し、編成梅毒患者の脳と脊髄の中に、梅毒病原体が存在することを証明した(1913年)。
【経歴】福島県生まれ、済生学舎卒。ロックフェラー研究所部長。アフリカで、黄熱病の研究中に感染死亡。
【逸話】彼の研究は、ノーベル賞受賞の有力候補になった。また彼の勉強ぶりはヒューマン・ダイナモと言われた。(現代世界百科事典 講談社)。
私のような年配であれば、子どもの頃の読本や、教科書で野口英世の話はよく聞いたものだ。
うろ覚えであるが、野口英世は小さい頃、囲炉裏にあった鉄瓶の熱湯で、手に大火傷を負った。母親の努力のおかげで、ついた指を切り離す手術を受けた。英世は、その時から医者を目指し、苦学を続けて医者になり、貧しく劣悪な生活環境にある人たちを治療する。そして、伝染病の研究に没頭し、数々の成果をなしとげている。
東京には財団法人・野口英世記念会があるし、会津若松には野口英世記念館があり、その生家や英世の功績を紹介している。
そして、2004年11月には新1000円札で偽造防止技術とともに、その肖像が採用された。
15年ぐらい前だったと記憶するが雑誌で、
「野口英世が、当時としては驚異である200編にもなる論文を発表したが、その内容は全く評価されないものである」
というような内容の記事を読んだ。
福岡伸一の近著「生物と無生物の間」(講談社)を読んで、「野口英世は偉人か虚像か」、「もし虚像であるとすれば、何故1000円札に肖像が採用されたのか」の興味がわいてきた。
「生物と無生物の間」のなかで、野口英世は、
「世界的な医学者となり、功成り名を遂げた偉人伝ストーリーの人物。ところが、ロックフェラー大学における評価は、日本のそれとはかなり異なる。梅毒、ポリオ、狂犬病、黄熱病の研究は、当時こそ賞賛を受けたが、多くの結果は、矛盾と混乱に満ちた者だ。むしろヘビー・ドリンカー、プレー・ボーイとして評判だった。数々の病原体を突き止めたと言うが、今は間違った者として全く返り見られていない」
と紹介されている。
我が国では、「偉人伝」ばかりなのかと、図書館で調べてみた。
「野口英世 知られざる軌跡 メリー・ロレッタ・ダージスとの出会い」(山本厚子著 山手書房新社)によると、野口英世の没35年目の1964年月刊雑誌「文藝春秋」で「野口英世もう一つの顔」という題で、筑紫中央大講師が、
「野口の存在は世界はおろか、日本の科学史においてもそれほど重要な者ではない。少なくとも名声に匹敵するだけの価値をもつ仕事は成し遂げていない」
と書いている。さらに、1948年5月の20回忌記念講演会で、慶応大の小泉丹氏は、
「神棚から野口をおろすべきだ。世間はややもすると野口をあまりにも英雄視しすぎではないか。野口を神様扱いするのは大反対だ」
と発言したという。
偉人伝ストーリーとは異なった見解は、まだ多く存在する。では「今何故、野口英世か」とその功績をたたえる組織はどう考えているのか。
野口英世記念会に聞いてみた。
「野口英世博士の功績は海外では、ほとんど顧みられない状況であるが、何故功績をたたえることをやっているのか」
すると、電話にでた年配の女性が、「あなたはなんてことを言うんですか」と怒りを露わにした。「最近出版された本で、そのことを指摘されている」と質問を続けると、「今、よく知っている理事長が海外出張中で、分からない」という。
会津若松の野口英世記念館に聞くと、担当の人は状況をよく知っておられるようだ。
「文献は全部英文で、そちらの方は、不得意なために把握出来ていない。1番大きな功績は、梅毒であるが、追試した結果、純粋培養したのかどうか方法論が未知数なので分からない。しかし、南アメリカでは、病原菌は違ったが黄熱病撲滅がたまたまうまくいった。だから、全く業績が否定されているわけではない」
と言う返事があった。
財団法人にとっては、曖昧なまま、結論を出さない方が生き延びる方法かも知れない。
では何故、こうも功績評価が違うのに、新1000円札に肖像を使ったのか。財務省国庫課通貨室に聞いてみた。
選定理由は、明治以降の文化人で、
- 日本国民が世界に誇れる。
- 教科書に載っていて、一般的によく知られている。
- 写真が残っている。
ことだという。
「野口英世の功績は、ほとんど否定されているのを知ってのことか」と聞くと、「記録にはそのような事は残っていない」という。
官僚のやることだから、何人かの検討委員が選ばれ、審議された結果だろうが、その委員が年配者であったため、昔の偉人伝ストーリーを鵜呑みし、その業績までつっこんで審議しなかったのではなかろうか。あるいは、だからこそ1000円札に使ったというのか。
パスツールやゴッホの業績は、時の試練に耐えたが、野口の仕事はそうはならなかったと言う。しっかりした検証をし、正しい評価をしなければならない時がくるかも知れない。
孫とよく買い物に行く。レジでの精算は、孫の役目である。いつかは1000札を見て、「この人は何をした人なの」と聞いてくるだろう。そのとき「伝染病という怖い病気の原因を見つけて、世界の多くの人を助けた偉いお医者さんだよ」と答えておくか。