漫画喫茶などで暮らす生活困窮フリーター
《住むところがなくてサウナを転々としています》《派遣会社の寮で暮らしてますが、派遣の期限切れで延長できず、あと3日のうちに寮を出なくてはなりません。次の仕事も住むところも決まっていないので途方に暮れてます》《やりたい仕事、雇ってもらえそうな所はいくつかあるのですが、住むところがなくて採用を見送られています》
「この2年ほどの間、私たちのような小さなNPOにも生活困窮フリーターというべき20代、30代の人たちからの相談が寄せられるようになりました」と話すのはNPO法人自立生活サポートセンター「もやい」(東京都新宿区)の事務局長を務める湯浅誠さん(37歳)だ。「相談の多くは漫画喫茶からフリーメールを通じて送られてきます」とも語る。
1995年から路上で暮らす野宿者の支援活動をしてきた湯浅さんは、2001年から現在のNPO法人「もやい」でホームレスをはじめとする生活困窮者に生活保護受給のサポートをしたり、アパート入居時の連帯保証人になるといった活動をしてきた。だが、漫画喫茶で暮らす人からメールで相談が寄せられるというのは、今までの支援活動の中でも経験したことがなかったという。
「彼ら、彼女らの中には、マンガ喫茶やレストボックスで暮らしている人たちもいます」と湯浅さん。レストボックスとは新宿、渋谷、池袋、上野をはじめとした山手線各駅にフリーター向けの「会社寮」を経営する業者の宿泊施設だという。1500円程度で泊まることができ、宿泊者は業者が提携している建設現場の雑工事などに派遣される。いわば日雇い労働と宿舎がセットになった“現代の飯場(はんば)”といえる。
「これまで寄せ場に集まっていた日雇い労働者のようにその日暮らす分の賃金は得られてもアパートには住むことができず、漫画喫茶やレストボックスを転々としているというわけです。非正規雇用が増え、ワーキング・プア層も増えています」(湯浅さん)
ワーキング・プアとはフルタイムで働いているか働く準備があっても最低限度の生活水準を保てない人々だ。湯浅さんは「巷では『格差拡大』が話題になっていますが、単なる格差ではなく、貧困の議論が必要です」と強調する。格差といえば相対的な問題と受けとめられ、絶対的な貧困の問題が見えにくくなってしまうからだという。例えば、それぞれ年収600万円の2人が年収500万円と700万円に分かれるのはまだしも、年収400万円の2人が年収700万円と100万円とに分かれたら、100万円の人は最低限度の生活水準を保って生きていけない。
また「生活困窮フリーターは、雇用の問題だけでは片付けられない点がある」と湯浅さんは訴える。「失業しても、人はいきなりアパートを失うわけではありません。彼ら/彼女らには、いくつかの共通点があります」(同)
次に紹介するのは「もやい」がこの2ヶ月ほどの間に相談を受け、生活保護の受給をサポートした具体的ケースだ。
(1)21歳男性と19歳女性のケース
ともに無職。男性の父親もホームレス。児童養護施設で育った後、自らもホームレスに。少年院入所経験あり。女性は妊娠中。付き合い始めて4ヶ月。女性の実家にいると無理矢理に中絶させられるため、友人の紹介で東京に出てきて仕事を探していた。路上でぶらぶらしていたところ、偶然に「もやい」で保証人提供を受けている人と出会い、相談に来た。
(2)17歳女性のケース
通信制高校生。統合失調症。母親も統合失調症で祖母の援助を受けてきたが、祖母も年金でこれ以上の援助は無理。通っている精神科クリニックのデイケアで知り合った人から「もやい」を紹介される。
(3)47歳男性のケース
就労後の半年間はがむしゃらに働き、責任ある立場に就く頃に糸が切れたように体が動かなくなる、というサイクルを10数年繰り返す。うつ気味。3年半前にアパート退去。以後、日払い仕事などで食いつなぎながらサウナ、漫画喫茶で暮らすが、7月上旬についに仕事が切れて限界に。「漫画喫茶やサウナでの生活は疲れました」とSOSのメールを「もやい」に寄せる。
「生活困窮フリーターは『五重の排除』により“タメ(溜め)”がない」と湯浅さんは言う。以下、「排除の事例」を列挙してみよう。
- 低学歴(例外もある)。つまり学校教育から早期に排除されている。
- 継続的に雇用されないことで、失業保険をはじめとする企業福祉、または福利厚生から排除されている。
- さまざまな事情で、社会保障の含み資産である家族福祉から排除されている。
- 高齢ではないため、その権利はあるにもかかわらず、生活保護などの公的福祉から排除されている。
そして(1)から(4)までの排除の結果として、「こうなったのは自分のせい」だとか「自分は生きる価値がない」と思い詰め、自分自身からも排除されている状態になることが「5つ目の排除」だという。湯浅さんが続ける。
「貯蓄という金銭的な“タメ”がないだけでなく、助け合ったり、愚痴を言ったりできる人間関係の“タメ”がないことで、気持ちの余裕も持てず、精神的にも不安定になりやすいということもあります。皆さんのいる環境は、全て自分が努力して作ったものでしょうか。当たり前だと思っている自分の生活を見回してみると、有形無形の“タメ”に気がつくでしょう。例えば、野宿生活をしている人にとって雨は一大事でも、住む家がある人にとっては「あぁ、雨か」と思う程度でしょう。雨露を凌ぐという家の基本的な機能も、重要な”タメ”の一つです」
そんな“タメ”のない生活困窮フリーターも市場から排除されているわけではない。むしろ「貧困者ビジネス」のターゲットになっているのだ。生活拠点を提供する漫画喫茶やフリーター向けの飯場であるレストボックスのほか、日銭が必要なため条件が悪くても働かざるを得ないという意味では派遣や請負業、生活苦から借金をするという意味では消費者金融も貧困層に手を伸ばして利潤を上げる貧困ビジネスといえよう。貧困者ビジネスがターゲットにしているのは、貧困者の労働と消費の両方であり、貧困者の“生そのもの”を収益源にしているともいえる。
「生活困窮フリーターをとりまく厳しい現実に対抗するには、生きること、生き生きと生きること、つながることによって“タメ”を回復することが必要です。貧困者ビジネスのように生を囲い込むのでも行政のように生を施策に沿わせるのでもなく、多様な生を受けとめられる幅と奥行きのある場と人のつながりを具体的に作っていくことです」(湯浅さん)
「もやい」もそんな場の一つだ。湯浅さんは最後にこう訴えた。「市場のなかでの『勝つ』『負ける』から降りても、“タメ”が失われたり、孤立化、貧困化することなく、降りても生きていける公共的な空間をあちこちに次々と創り出していきませんか」